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2016
12.20

礎となっているもの(2)-学生自治会での活動-

BLOG

*まさか…*

中学や高校の生徒会のような組織を大学では学生自治会と呼ぶ。我々剣道部は、運動部の集まりである体育連合会の傘下にあり、その運営は各部から出向し執行部と形成する。1年生の秋ごろ、この執行部に出向していた先輩に「おい、行くぞ」と連れていかれ、「今日からこいつ入るから。」と紹介されたのが、学生自治会との出会いである。もちろん、私には当初その気は…まったくなかった。img_2342
*3年生秋、会長に就任する*

期待されると燃え、頼りにされると何でもしてしまう性格の私は「やるからにはしっかり!」のつもりで頑張ってしまった(笑)その結果が、会長就任である。同級生が明るく楽しいメンバーだったこともあり、上下の学年を巻き込んで新しい行事を考えたり、各部に執行する予算付けの改革などに取り組んだ。“改革”に取り組むとその立場の違いから、敵ができたり、足の引っ張りが起きることをこのころに初めて知ったが、仲間たちの支えのおかげで邁進することができた。

*そして…*

会長に就任して数カ月がたったころ、当時の学生部の部長さんに呼ばれた。「おまえ、中央執行委員会の委員長をやれ。おまえのところの監督には話をつけてある。」とのこと。中央執行委員会とは、運動部や文化部、学校祭実行委員会、応援団を統括する組織でまさに全学のトップである。ちょうどこのころ、校舎の建替えが進められており、新しい部室等の割振や予算付けなどの作業や学生側の意見を求められるなど、新しいことに取り組める組織が必要だった。本来であれば学生自治なので、大学側が関与しない案件なのだが、背に腹を変えられる状況ではなかったと察する。

*毎日、働く*

体育のトップが全学のトップということは、まずいという結論になり、正式な手続きを踏み、体育連合会の会長を辞し、中央執行委員会の委員長に就任した。体育の3人の同級生には本当に迷惑をかけた。そして、新しい組織で動けるメンバーを集める必要があり、学生自治会の他団体で活躍していた仲間に声をかけ、組織に入ってもらった。それからは毎日大学に授業ではなく、会議や折衝で通い続けた。何とかすべてを形にし、後輩に引き継げたことは私の財産の一つになっている。

その努力が認められたかどうかはわからないが、当時の学長先生が私が新卒で勤務することになる学校の校長先生宛てに直筆で推薦状を書いてくださり、校長先生を驚かせることになるのである。

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礎となっているもの(2)-学生自治会での活動-

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*まさか…*

中学や高校の生徒会のような組織を大学では学生自治会と呼ぶ。我々剣道部は、運動部の集まりである体育連合会の傘下にあり、その運営は各部から出向し執行部と形成する。1年生の秋ごろ、この執行部に出向していた先輩に「おい、行くぞ」と連れていかれ、「今日からこいつ入るから。」と紹介されたのが、学生自治会との出会いである。もちろん、私には当初その気は…まったくなかった。img_2342
*3年生秋、会長に就任する*

期待されると燃え、頼りにされると何でもしてしまう性格の私は「やるからにはしっかり!」のつもりで頑張ってしまった(笑)その結果が、会長就任である。同級生が明るく楽しいメンバーだったこともあり、上下の学年を巻き込んで新しい行事を考えたり、各部に執行する予算付けの改革などに取り組んだ。“改革”に取り組むとその立場の違いから、敵ができたり、足の引っ張りが起きることをこのころに初めて知ったが、仲間たちの支えのおかげで邁進することができた。

*そして…*

会長に就任して数カ月がたったころ、当時の学生部の部長さんに呼ばれた。「おまえ、中央執行委員会の委員長をやれ。おまえのところの監督には話をつけてある。」とのこと。中央執行委員会とは、運動部や文化部、学校祭実行委員会、応援団を統括する組織でまさに全学のトップである。ちょうどこのころ、校舎の建替えが進められており、新しい部室等の割振や予算付けなどの作業や学生側の意見を求められるなど、新しいことに取り組める組織が必要だった。本来であれば学生自治なので、大学側が関与しない案件なのだが、背に腹を変えられる状況ではなかったと察する。

*毎日、働く*

体育のトップが全学のトップということは、まずいという結論になり、正式な手続きを踏み、体育連合会の会長を辞し、中央執行委員会の委員長に就任した。体育の3人の同級生には本当に迷惑をかけた。そして、新しい組織で動けるメンバーを集める必要があり、学生自治会の他団体で活躍していた仲間に声をかけ、組織に入ってもらった。それからは毎日大学に授業ではなく、会議や折衝で通い続けた。何とかすべてを形にし、後輩に引き継げたことは私の財産の一つになっている。

その努力が認められたかどうかはわからないが、当時の学長先生が私が新卒で勤務することになる学校の校長先生宛てに直筆で推薦状を書いてくださり、校長先生を驚かせることになるのである。

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