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2016
12.27

私の礎となっているもの(4)-北海道での教員生活-

BLOG|NEWS

*奇跡の採用*

大学を卒業した私は、私立の大学附属の一貫教育校に社会科の教員として採用された。社会科は、どこの学校も競争率が大変高く本当に運よく採用いただいた。採用当初は、指導いただいた先生方から「死ぬ気でやれよ、若造。手を抜いたらすぐに埼玉に強制送還する。」と厳しくも温かくご指導をいただいた。塾の講師の経験があったとはいえ、右も左もわからずに授業や部活にがむしゃらに取り組んだことが懐かしく思い出される。

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*教員とはなにか*

私が教員を志した動機は「選手として活躍できなかった剣道の指導者になり結果を出したい」ということに尽きた。着任早々、「授業や行事で子どもたちの成長」をどう促すかをいろいろな先生方からご指導いただいた。体育科の教員でもなく、学校自体もスポーツの強豪でもなかったため、剣道に向けられる優先順位が日に日に低くなっていた。しかし、逆に子どもたちが頑張ってくれ、2年目には中学生の男子が北海道大会の上位まで勝ち進んでくれた。良いチーム、良い保護者に出会うことができ、嬉しい経験だった。

 

*痛恨のミス*

着任早々、生徒指導をかなり厳しくしたことがあった。今思えば、完全に空回りである。その指導方法を巡り、保護者から学校にクレームが入り、クラスの懇談会でもそのことばかりが取り上げられた。間違えたことをしてないという思いがあったが、生徒や保護者との信頼関係が築けていなかったことがすべての問題である。連絡網も回され、本気で学校をやめようかと思った。その時に救ってくれたのは、先輩の先生方だった。あの時、学校を辞めていたら確実に今の自分はない。たくさんの厳しくも温かい指導をもらったことを思い出すたびに胸が熱くなる。その当時の生徒や保護者とは、幸いにも信頼関係を築くことができ、今でも交流が続いている生徒が多くいる。保護者からもご連絡をいただくこともあり、良い勉強をさせてもらった。

 

*初めての担任*

教員2年目に初めて中学2年生の担任をさせてもらえることになった。嬉しかったが、高校の教員を目指していたので少し悲しかった記憶がある。中2というのは多感な時期で、いきなり反抗期に突入したり、目立たない子がいきなり生徒指導上の問題を起こすことなど毎日がミラクルの連続だった。合唱コンクールで優勝するなど、このころには「どのように授業や行事で子どもたちを成長させる」ことができるかを全力で考えられるようになっていた気がする。持ちあがりで2年間同じ学年を担任させてもらったが、毎日本当にきつかったが教員になることができて本当に良かったと思う。その子たちも気がつけば、社会人1年生。あっという間である。

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*奇跡の採用*

大学を卒業した私は、私立の大学附属の一貫教育校に社会科の教員として採用された。社会科は、どこの学校も競争率が大変高く本当に運よく採用いただいた。採用当初は、指導いただいた先生方から「死ぬ気でやれよ、若造。手を抜いたらすぐに埼玉に強制送還する。」と厳しくも温かくご指導をいただいた。塾の講師の経験があったとはいえ、右も左もわからずに授業や部活にがむしゃらに取り組んだことが懐かしく思い出される。

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*教員とはなにか*

私が教員を志した動機は「選手として活躍できなかった剣道の指導者になり結果を出したい」ということに尽きた。着任早々、「授業や行事で子どもたちの成長」をどう促すかをいろいろな先生方からご指導いただいた。体育科の教員でもなく、学校自体もスポーツの強豪でもなかったため、剣道に向けられる優先順位が日に日に低くなっていた。しかし、逆に子どもたちが頑張ってくれ、2年目には中学生の男子が北海道大会の上位まで勝ち進んでくれた。良いチーム、良い保護者に出会うことができ、嬉しい経験だった。

 

*痛恨のミス*

着任早々、生徒指導をかなり厳しくしたことがあった。今思えば、完全に空回りである。その指導方法を巡り、保護者から学校にクレームが入り、クラスの懇談会でもそのことばかりが取り上げられた。間違えたことをしてないという思いがあったが、生徒や保護者との信頼関係が築けていなかったことがすべての問題である。連絡網も回され、本気で学校をやめようかと思った。その時に救ってくれたのは、先輩の先生方だった。あの時、学校を辞めていたら確実に今の自分はない。たくさんの厳しくも温かい指導をもらったことを思い出すたびに胸が熱くなる。その当時の生徒や保護者とは、幸いにも信頼関係を築くことができ、今でも交流が続いている生徒が多くいる。保護者からもご連絡をいただくこともあり、良い勉強をさせてもらった。

 

*初めての担任*

教員2年目に初めて中学2年生の担任をさせてもらえることになった。嬉しかったが、高校の教員を目指していたので少し悲しかった記憶がある。中2というのは多感な時期で、いきなり反抗期に突入したり、目立たない子がいきなり生徒指導上の問題を起こすことなど毎日がミラクルの連続だった。合唱コンクールで優勝するなど、このころには「どのように授業や行事で子どもたちを成長させる」ことができるかを全力で考えられるようになっていた気がする。持ちあがりで2年間同じ学年を担任させてもらったが、毎日本当にきつかったが教員になることができて本当に良かったと思う。その子たちも気がつけば、社会人1年生。あっという間である。

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