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2018
05.25

中国の修学旅行に参加した生徒のいま

BLOG|中国

修学旅行中国チームのリーダーを半ば強引に務めてくれて、今では完全に友人のひとりとなってしまっている、辻 匡人君から感想をもらいました。

彼はいまお父さんの経営する会社で頑張っており、経営者になる修行中です。

応援してやってください。

では、お願いします。

北先生と私の出会いは高校時代でした。

高校1年という多感な時期のせいか学校や先生を完全になめきっていました。そんな中1年生のときは担任でもなかった北先生(2年と3年は担任)は、学校内で唯一私に親身に向き合ってくれた大人でした。私の幼さから北先生とは何度も衝突はしましたが、全幅の信頼を寄せていました。

 

そして修学旅行の時。私たちの学校は普通の観光地を巡るだけの旅行ではなく、コースを選択し各コースそれぞれのテーマを決めて各国を訪れるというものでした。北先生の担当は黄砂飛来の原因の1つとなってる砂漠で植林を行い環境問題について考えるコース。

 

私が魅力を感じていたのは現地の島でその島民と交流し、収入源の一つであるフェアトレードについて考えるフィリピンのコースでした。ちょうどその時の中国というのは尖閣諸島の問題から反日デモが起こっているのが毎日メディアで報道されている頃でした。

 

元々中国に対していいイメージも持っていなかったことに加え、連日の報道で完全に中国コースはありえないと考えていました。同様に考える友達も多く中国コースは全く人気がありませんでした。しかし、北先生が強引に私を中国コースのリーダーに仕立て上げてしまいました。北先生の強烈な指導もあってか、一人また一人参加者は増え中国に行きました。

 

実際に行ってみて、当初の予定を遥かに上回る数の植林をし、環境問題について考えるとともに現地の方々と交流する中で元々あった中国に対する嫌悪感等は一切なくなっていました。

 

さらに現地では反日の報道がされていることを知らない人も多く、滞在中にそういうことを感じることも一切なかったです。ただ9.18博物館を訪ねたときだけはピリピリした雰囲気があったことは今でも覚えています。

 

その後私は卒業し、北先生が中国へ赴任してから数度中国の先生の元を訪ねました。英語がほぼしゃべれなかった北先生が中国語でやり取りしているのを見たときには少しばかり感動しました。そして中国は、北先生のアテンドのおかげなのか、行く度にまた来たいと思えるようなエネルギー溢れる国という風な印象に完全に変わりました。

 

初めの頃は完全に何も知らないままメディアや噂話を信じ込み”嫌い”だと決めつけていたに過ぎなかったのです。そして学んだことは自分の目で見て考える。その教訓を元に私は大学在学中に世界一周の旅に出ました。

 

当時日本でISISのことが報道されているときには中東に。バンコクで軍事クーデーターが起きたときには現地にいました。その他の出来事が起こったときにも現地ではさほどの騒ぎにはなっておらず通常の日常が送られていました。

 

つまり報道がすべてではなく、自分で見て調べて考えて、色んな角度から物事を捉える複眼思考が大切なんだと感じました。

 

約1年半で50数ヶ国、南極以外の大陸に訪れ、様々な人、文化を見て感じてきました。そこに常に存在したのは宗教や人種を超えた人対人のつながりでした。現在誰もがインターネットから様々な情報を得ることができ、なおかつどこにいても誰とでも繋がっていられるそんな便利な時代です。

 

その中で私は日本で生活している日本人でもあり、地球上に生活する地球市民として、人対人のコミュニケーションを大事にしていきたいと思います。

匡人、成長したなあ。立派になった!

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中国の修学旅行に参加した生徒のいま

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修学旅行中国チームのリーダーを半ば強引に務めてくれて、今では完全に友人のひとりとなってしまっている、辻 匡人君から感想をもらいました。

彼はいまお父さんの経営する会社で頑張っており、経営者になる修行中です。

応援してやってください。

では、お願いします。

北先生と私の出会いは高校時代でした。

高校1年という多感な時期のせいか学校や先生を完全になめきっていました。そんな中1年生のときは担任でもなかった北先生(2年と3年は担任)は、学校内で唯一私に親身に向き合ってくれた大人でした。私の幼さから北先生とは何度も衝突はしましたが、全幅の信頼を寄せていました。

 

そして修学旅行の時。私たちの学校は普通の観光地を巡るだけの旅行ではなく、コースを選択し各コースそれぞれのテーマを決めて各国を訪れるというものでした。北先生の担当は黄砂飛来の原因の1つとなってる砂漠で植林を行い環境問題について考えるコース。

 

私が魅力を感じていたのは現地の島でその島民と交流し、収入源の一つであるフェアトレードについて考えるフィリピンのコースでした。ちょうどその時の中国というのは尖閣諸島の問題から反日デモが起こっているのが毎日メディアで報道されている頃でした。

 

元々中国に対していいイメージも持っていなかったことに加え、連日の報道で完全に中国コースはありえないと考えていました。同様に考える友達も多く中国コースは全く人気がありませんでした。しかし、北先生が強引に私を中国コースのリーダーに仕立て上げてしまいました。北先生の強烈な指導もあってか、一人また一人参加者は増え中国に行きました。

 

実際に行ってみて、当初の予定を遥かに上回る数の植林をし、環境問題について考えるとともに現地の方々と交流する中で元々あった中国に対する嫌悪感等は一切なくなっていました。

 

さらに現地では反日の報道がされていることを知らない人も多く、滞在中にそういうことを感じることも一切なかったです。ただ9.18博物館を訪ねたときだけはピリピリした雰囲気があったことは今でも覚えています。

 

その後私は卒業し、北先生が中国へ赴任してから数度中国の先生の元を訪ねました。英語がほぼしゃべれなかった北先生が中国語でやり取りしているのを見たときには少しばかり感動しました。そして中国は、北先生のアテンドのおかげなのか、行く度にまた来たいと思えるようなエネルギー溢れる国という風な印象に完全に変わりました。

 

初めの頃は完全に何も知らないままメディアや噂話を信じ込み”嫌い”だと決めつけていたに過ぎなかったのです。そして学んだことは自分の目で見て考える。その教訓を元に私は大学在学中に世界一周の旅に出ました。

 

当時日本でISISのことが報道されているときには中東に。バンコクで軍事クーデーターが起きたときには現地にいました。その他の出来事が起こったときにも現地ではさほどの騒ぎにはなっておらず通常の日常が送られていました。

 

つまり報道がすべてではなく、自分で見て調べて考えて、色んな角度から物事を捉える複眼思考が大切なんだと感じました。

 

約1年半で50数ヶ国、南極以外の大陸に訪れ、様々な人、文化を見て感じてきました。そこに常に存在したのは宗教や人種を超えた人対人のつながりでした。現在誰もがインターネットから様々な情報を得ることができ、なおかつどこにいても誰とでも繋がっていられるそんな便利な時代です。

 

その中で私は日本で生活している日本人でもあり、地球上に生活する地球市民として、人対人のコミュニケーションを大事にしていきたいと思います。

匡人、成長したなあ。立派になった!

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